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秩父札所 第二十三番 松風山 音楽寺

札所二十三番・音楽寺(おんがくじ)は、札所二十二番・童子堂から徒歩で約40分。

小鹿坂峠の中腹に位置し、境内からは秩父市街を一望することができます。

春には桜が咲き、また、お寺の名前の通り“音楽”にまつわるパワースポットとしても知られ、観光客も多く訪れるお寺です。

秩父札所23番・音楽寺の歴史・由来

札所二十三番 松風山 音楽寺(しょうふうざん おんがくじ)は、室町時代に建立された小鹿坂観音堂が前身とされています。

音楽寺は、小鹿坂観音堂の管理するお寺となり、その後、江戸時代中期に小鹿坂観音堂が現在の場所に移設されてきたと言われています。

観音堂は、吹き放ちになっていて、廻縁は朱塗りの高欄が取り付けられた特徴的なお堂になっています。

観音堂にまつられている本尊は、聖観世音菩薩。

 

伝説では、室町時代、幕府の管領だった畠山家の家来・内山源蔵が、中国地方の武将・大内義弘との戦へ出陣する際、年老いた母のことが気がかりでいたところ、内山源蔵の母は、音楽寺の御影を源蔵に渡したとされています。

そして、源蔵はその御影を兜の中に収め戦へと出陣すると、何度も命の危険を逃れ、さらには戦での手柄をも立てることができたといいます。

これを音楽寺の御影のご利益と考えた源蔵とその母は、ともに出家をして、音楽寺に観音様を供養したとされています。

秩父札所23番・音楽寺の見どころ

梵鐘

境内の右手にある梵鐘は、江戸時代の中期・明和5年(1768年)に鋳造されたもので、現在は秩父市の指定文化財となっています。聖観音・不空羂索(ふくうけんさく)観音・十一面観音・如意輪観音・千手観音・馬頭観音の“六観音”が彫られています。

秩父事件、決起の場所

「秩父事件」は、“近現代の日本で唯一の民衆の武装蜂起”とされる歴史的な事件。
1884年(明治17年)、政府に対して負債延納・雑税の減少などを求め、秩父周辺の農民1万人が武装蜂起しました。この音楽寺は、秩父事件の武装蜂起の決起の場所として知られています。

旧吉田村の椋神社に集まった農民たち約3000名は、小鹿坂峠を越えて、音楽寺の境内に集結。音楽寺の梵鐘を鳴らし、秩父市内へと突入していったと言われています。

そして、現在、境内の梵鐘の脇には、困民党決起100年を記念して建てられた“秩父困民党無名戦士の墓”があります。墓碑には、“われら秩父困民党、暴徒と呼ばれ暴動といわれることを拒否しない”と刻まれています。

十三塚の地蔵石仏

観音堂の裏手には、武甲山を望む高台に十三体の地蔵石仏がまつられています。
この石仏は、秩父札所を開創したとされる伝説の十三権者とされています。

新曲ヒット祈願のパワースポット

お寺の名前から、音楽にまつわるパワースポットとしても人気の音楽寺。
新曲のヒット祈願、メジャーデビュー祈願にミュージシャンや音楽関係者が訪れます。

秩父札所23番・音楽寺の御朱印

中央の文字は「小鹿坂大悲殿」と書かれています。大悲殿とは、観音様がいる場所を表す言葉です。

秩父札所23番・音楽寺の御詠歌

音楽の 御声なりけり 小鹿坂の 調べにかよう 峰の松風

「音楽寺」という名前は、秩父札所を開創した十三権者が、この山の松風の音を聞いた時に、菩薩の奏でる音楽と感じたことに由来すると伝えられ、御詠歌はその時のことを歌ったものです。

秩父札所23番・音楽寺の基本情報

宗派聖観世音菩薩
本尊臨済宗南禅寺派
住所埼玉県秩父市寺尾3773
納経時間AM8時~PM5時(11月~2月はPM4時まで)※12時~12時30分はお昼休憩。
無料駐車場あり
アクセス(1)札所21番・観音寺から徒歩で約30分
(2)バスで西武秩父駅から皆野駅行き(尾田蒔中学校経由)で20分「札所22番」下車。徒歩5分。
(3)秩父駅より、徒歩40分。

 

秩父札所23番・音楽寺の地図