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秩父札所第二十二番 華台山 童子堂

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札所二十二番・童子堂(どうじどう)は、札所二十一番・観音寺から徒歩で約30分。

県道沿いにある札所二十二番入口を示す石地蔵を目印に、脇道の田舎道を進んでいくと童子堂が見えてきます。

秩父札所22番・童子堂の歴史・由来

 

童子堂は、その昔、旧蒔田村・清水谷の山奥に草創され、花台山と呼ばれていました。

しかし、延喜15年(915年)、村の子供たちの間で疱瘡(天然痘)が流行した際、寺の場所を移すよう観音様からのお告げを受けます。

そして、この観音様のお告げに従うと、たちまち村の子供たちの疱瘡は治ってしまったそうです。

その後も、子供たちを病魔から救う観音様として祈願する人が増え、「童子堂」と呼ばれるようになったと伝えられています。

秩父札所22番・童子堂の御本尊

観音堂(童子堂)にまつられている本尊は聖観音菩薩です。

弘法大使の作と伝えられていますが、作者や時代は不詳です。

秩父札所22番・童子堂の見どころ

地蔵塚

山門の手前にある六地蔵が、巡礼者を迎えてくれます。

このお地蔵様たちは、人々を救った結果、朽ち果てたとされています。

仁王像

茅葺き屋根が印象的な仁王門。

左右の仁王像は、大きく目を見開き、まるで童(わらべ)=子供のようにひょうきんで柔らかい表情をしています。

秩父札所巡りのハイライトの1つとなっています。

観音堂(童子堂)

観音堂は、山門を入って右手にあります。

江戸中期・元禄15年(1702年)に府坂の地で再建されて、明治43年(1910年)、この土地に移築されたものです。

 

正面の唐戸には風神雷神、そして、迦陵頻伽(かりょうびんが)の浮彫りが施されています。

ちなみに迦陵頻伽とは、頭は美女・身体は鳥…という極楽世界の霊獣です。

大聖不動明王

(大聖)不動明王は、大日如来の化身であると見なされています。

炎は不動明王の智慧そのもので、捧げられたことによって煩悩が清き願いへと成就すると言われています。

そして、そのご利益は、立身出世・願望成就・病魔退散などあらゆることに効果があるとされています。

とげぬき地蔵

とげぬき地蔵は、病気平癒や健康長寿にご利益があると言われています。

 

身代わり地蔵尊

 

従軍記念碑

石碑の裏面を見ると、日露戦争(1904年)から大東亜戦争(1941年)において、童子堂の信徒が戦地へ出征したことが記載されています。

しかし、戦死者を弔うものではなく、出征した3名全員が帰還したと記され、その功徳を称えた記念碑だそうです。

 

秩父札所22番・童子堂の御朱印

右側には、「華台山 童子堂」ではなく、「西陽山 栄福寺」と書いてあります。

童子堂は、現在地に移された際、栄福寺(現在の永福寺)の管理となりました。

栄福寺は、現在の童子堂の入口の地蔵尊から、県道を隔てた反対側にあったとされていますが、現在は「虚空蔵菩薩」の碑が残るのみとなっております。

中央は、童子堂の本尊である「聖観音」の文字。

秩父札所22番・童子堂の御詠歌

極楽を ここに見つけて 童(わら)う堂 後の世までも たのもしきかな

 

秩父札所22番・童子堂の基本情報

宗派聖観世音菩薩
本尊真言宗豊山派
住所埼玉県秩父市寺尾3595
納経時間AM8時~PM5時(11月~2月はPM4時まで)※12時~12時30分はお昼休憩。
無料駐車場あり
トイレあり
アクセス(1)札所21番・観音寺から徒歩で約30分
(2)バスで西武秩父駅から皆野駅行き(尾田蒔中学校経由)で20分「札所22番」下車。徒歩5分。
(3)秩父駅より、徒歩40分。

 

秩父札所22番・童子堂の地図

 

 

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