この記事では、秩父札所21番・観音寺(かんのんじ)について、その歴史・見どころ・御朱印・地図・近隣の施設について紹介しています。
観音寺は、交通量の多い県道沿いにあり、山門や塀などがなく開放的な境内です。
札所20番・岩之上堂からは、徒歩で約15分。江戸巡礼古道「寺尾みち」の道標にしたがい、眺めの良い高台にある道を通って観音寺を目指します。国道は、トラックなども多く通るので十分に注意が必要です。
目次
秩父札所21番・観音寺の歴史・由来
札所21番 要光山 観音寺(ようこうざん かんのんじ)のはじまりは、諸説の伝説が残されています。
聖観世音菩薩がまつられている観音堂は、その昔、“矢之堂(やのどう)”と呼ばれていましたが、これはかつて観音堂が「矢納村」(埼玉県児玉郡)にあったためという説や、平安時代に平将門や矢を納めて戦勝祈願をしたため、という逸話による説もあります。
境内に掲額されている「観音霊験記」では、この土地の邪心や悪霊を鎮めるために、八幡の神と武甲山の神が力を合わせ、矢を放って悪霊たちを打ち倒したことから“矢之堂”と呼ばれるようになったという伝説の絵図が記されています。
現在も観音堂の正面軒下には、「矢野堂」と書かれた額がかかっています。
秩父札所21番・観音寺の御本尊
観音寺の御本尊は、聖観世音菩薩です。
行基の作と言われていますが、江戸中期の造像です。
秩父札所21番・観音寺の見どころ
火除け観音
奈良の僧・行基の作という聖観世音菩薩が、観音寺のご本尊です。
大正12年に起きた火災のときも、火災から難を逃れたことから、火除けにご利益があるといいます。
地蔵石仏
宝篋印塔
境内には、宝暦14年(1764年)に建立された宝篋印塔(ほうぎょういんとう)があります。宝篋印塔とは、「宝篋印陀羅尼」という経典をその中に収めた供養塔です。
中村十九十郎の供養碑
堂前の道端には、秩父地方の地芝居役者・中村十九十郎(ともじゅうろう)の墓があります。
秩父札所21番・観音寺の御朱印
中央は、「正観世音」と書いてあります。
秩父札所21番・観音寺の御詠歌
梓弓(あづさゆみ) 射る矢の堂に 詣で来て 願ひし法に あたる嬉しさ
“梓弓“とは、神事などに使用される梓の木で作られた弓のことですが、ここでは「射る」というに導くための枕詞として使われています。
矢の堂とは、観音寺の古い呼び名です。
秩父札所21番・観音寺の基本情報
宗派 | 聖観世音菩薩 |
---|---|
本尊 | 真言宗豊山派 |
住所 | 埼玉県秩父市寺尾2354 |
納経時間 | AM8時~PM5時(11月~2月はPM4時まで)※12時~12時30分はお昼休憩。 |
無料駐車場 | あり |
トイレ | あり |
アクセス | (1)札所19番・龍石寺から徒歩で約20分 (2)バスで西武秩父駅から小鹿野車庫・栗尾行き、皆野駅行きで14分「札所二十番入り口」で下車。徒歩5分。 |
秩父札所21番・観音寺の地図